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特集

RAVE UNTO THE JOY FANTASTIC プロディジーを生み落としたレイヴ・カルチャーの栄光と落日、そして……

カテゴリ : ピープルツリー

掲載: 2009年03月26日 11:00

更新: 2009年03月26日 18:13

ソース: 『bounce』 307号(2009/2/25)

文/石田 靖博

 イビザで発祥したオープンマインドなダンス・ムーヴメント=〈セカンド・サマー・オブ・ラヴ〉のなか、80年代後半~90年代のUKで、野外や倉庫を会場に開催されたワンデイ・パーティー、それがレイヴである。それまでの〈スター/観客〉といった二元論を取り払った、参加者が主役というスタイルはインディー・ダンス~マッドチェスター期のバンドにも多大な影響を与え、ハッピー・マンデーズやストーン・ローゼズのライヴはレイヴに多大な影響を受けていた(その頂点は、ローゼズが90年にスパイク島で行った伝説のライヴだろう)。

 そうした時代にレイヴの現場でよくプレイされていたサウンドこそが、昨今〈レイヴ〉として固有の音のように語られるものの正体である。具体的には、プロディジーを輩出したXLに代表される荒々しいハード・ブレイクビーツか、ハデめなシンセ・リフと速めのBPMを特徴とするハードコア・テクノの2つに大別できるだろう。特にハードコア・テクノは、オービタルやモービー、初期アンダーグラウンド・レジスタンス(UR)、オルターネイト、そしてエイフェックス・ツインも含むテクノの名門R&S……など、以降のシーンを代表する面々が取り組んだ、当時においては最先端のスタイルだった。

しかし、やがて巨大化したレイヴは、ドラッグ汚染などがイギリス政府に問題視され、94年のクリミナル・ジャスティス・アクト(レイヴ禁止法)の施行によって非合法化される。それをきっかけにレイヴは政府公認の大規模な商業イヴェントと、細分化されたアンダーグラウンドなクラブ・シーンへと二分化。90年代後半になると本来のレイヴは衰退した。日本ではポスト・ユーロビート的な〈ジュリアナ〉サウンドとして輸入されたため、バブリーなディスコの消滅に伴ってレイヴ・サウンドも過去の遺物とされていたが、本場のUKを中心とした欧米ではクラブ・シーンの細分化と並行して、ブレイクビーツはドラムンベース~ブレイクス~ダブ・ステップに深化。一方のハードコア・テクノはURでハード面を担っていたジェフ・ミルズやジョーイ・ベルトラムらによって、いっそうのハードさを追求したハード・ミニマルへ発展していった。つまり、現在のクラブ・シーンの源流を辿ればレイヴに行き着くのである。
▼関連盤を紹介。


エイフェックス・ツインの編集盤『Classics』(R&S)

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