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特集

カテゴリ : フィーチャー 

掲載: 2005年12月29日 14:00

更新: 2005年12月29日 17:24

ソース: 『bounce』 271号(2005/11/25)

文/出嶌 孝次

オレは日本に住んでたんだよ

 ディプロことウェズリー・ペンツは78年、ミシシッピーで生まれています。「オレはいろんな場所で育ったんだ。南部中を周って多くの場所を旅したよ」と話すなかにマイアミ・ベースの盛んなフロリダでの生活も含まれているのでしょうが、フィラデルフィアに落ち着く頃にはもうディプロはDJを始めていたといいます。

「DJを始めたのは16歳の時。フィラデルフィアに引っ越してからも続けてた。それからNY……まあ、東海岸をブラブラしてたな。それから旅に出て、たくさんのレコードを手掛けるようになったんだ」。

 ずいぶん途中が省略されているような気もしますが……彼はほんの2年前まで、学校の教師をしていたのだとか。

「音楽教師としてコンピュータ・ミュージックを子供たちに教えていたんだ。でも、毎日その仕事だけしてるより、夜もDJとして街に出たらもっと稼げるだろ? 最初の頃は自分をどうやって売り込むか、自分だけのスタイルをどう確立するかを学ばなきゃならなかった。最終的に自分で〈よし、もうDJだけでイケる〉と思うまでになったのが2年ぐらい前ってことだね」。

 ちなみにDJとして一本立ちをする以前から、盟友のDJロウ・バジェットとは出会っていたそうです。さらに遡って、『Florida』のリリース元であるビッグ・ダダとは5年ほど前からコンタクトを取っていたといいます。

「その時オレは日本に住んでたんだよ。で、何かの記事でビッグ・ダダの住所を見て、衝動的にデモを送ったんだ。その直後に彼らはオレと契約してくれることになった。『Florida』の制作にはしばらくかかったね。休暇を取って作業を続け、結果としてなかなかのものが仕上がった。それからだよ。昨年から今年にかけてベックやヴィクター・ヴォーン、ケイノ、M.I.A.、グウェン・ステファニー、それからバンBなんかのプロデュースやリミックスをやったね」。

 また昨年ディプロは30分超のバイリ・ファンキ・ミックスを収めた『Favela On Blast: Rio Baile Funk 04』をCD-Rで出していて、M.I.A.ともそれをきっかけに出会ったそうです。

「そう、オレのブラジル・ミックスとか“Newsflash”やらを聴いてファンになった、って連絡してきたんだ。彼女がフィリーまで来て、USリリース用のミックステープをいっしょに仕上げたりね」。

 ふたりはもう破局してしまったそうですが……ディプロが手掛けた彼女の“Bucky Done Gun”は『Fabriclive 24 : Diplo』でももちろん使われています。

インタビュー

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