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モービル・フィデリティが贈る究極のリスニング体験 (ライター 武田昭彦)

掲載: 2017年09月26日 17:13

モービル・フィデリティが贈る究極のリスニング体験
-量産体制以降のアナログ・レコードの魅力-

Mobile Fidelity

この度、ソニーミュージックから発売されるアナログ盤キャロル・キング『つづれおり』とサンタナ『ロータスの伝説』は、海外におけるカッティングとプレスを経て制作されたスペシャル・ディスクだ。

どの点がスペシャルかといえば、アナログ盤の製造工程であるラッカー盤のカッティングを、あのモービル・フィデリティ・サウンド・ラボ(以下モービル・フィデリティ)に委ねていることにある。日本のレコード会社が商品化している洋楽レコード(タイトル)は、基本的に海外に保管されているオリジナル・マスターから起こされたサブ・マスターを元に作られていることが多い。日本盤LPと海外のそれで音が異なると指摘されるのは、この点に由来する。今回のスペシャル・ディスクは、カッティングを海外で執り行なうことでサブ・マスターではなく、オリジナル・マスターを採用している点に優位性がある。

 

 ここでモービル・フィデリティのことをご存知でない方のために同社の説明をしておきたい。米国で設立されたモービル・フィデリティの設立(創業)は1958年と古く、当時は機関車や自然の音などフィールド・レコーディングを中心としたLPを販売していた。創業者のブラッド・ミラー(1939~1998)自身がエンジニアとしてテープ・レコーダーを担ぎながら、各地で収録に励んでいた。

転機が訪れたのは1977年のこと。この年からレコード会社やレーベルからオリジナル・マスターテープを借り受け、独自の製造工程を経て、ポピュラー音楽を中心とした復刻盤をLPでリリースすることを開始する。オリジナル・マスターテープを元に制作されたモービル・フィデリティのアナログ盤が、レコード会社から発売されたそれとは何が違うのか。レコード会社から発売されるアナログ盤は量産体制の下で製造されており、カッティングやプレス工程にかけられる時間が必然的に限定される。レコード会社に勤務するカッティング・エンジニアは常に目の前にあるマスターテープを流れ作業としてラッカー盤に起こす作業をこなさなければならない。アメリカでは1960年代からレコード会社とは異なる独立したカッティング専門会社(現在のマスタリング・スタジオの原形)が存在していたが、それらはカッティング工程のみを請け負っていた。モービル・フィデリティは、カッティングとその後のプレス工程、内袋の選択やジャケットの装丁までをまとめて行うことで、量産体制で作られるアナログ盤との差異に商品価値を見出したのだ。

 当初はABCレコーズが権利を持っていたスティーリー・ダン、クルセイダーズ、ジョー・サンプル、さらにジョン・クレマーといったアーティストのLPをリリース。今は亡きエンジニアのスタン・リッカーがラッカー盤にハーフ・スピード・カッティングで音溝を刻み、プレスを当時の日本ビクター横浜工場で行なっていた初期のモービル・フィデリティのタイトルは、雑みのない音抜けのよさを湛えるアナログ盤として現在も中古市場では値が下がることがない。後年、EMIとの交渉を経て79年に発売されたピンク・フロイドの『Dark Side of The Moon』、ビートルズのオリジナル・アルバムの単売に続いて82年に登場したLPボックス『The Beatles/The Collection 』(限定25,000セット)は、現在でもマニア憧れのアイテムとして知られる。ここ日本では1980年代中盤頃から、東京・六本木にかつてあったレコード店のWAVEなどで輸入盤としてモービル・フィデリティのLPを頻繁に見かけるようになった。

 先に述べた通り、モービル・フィデリティのカッティングは流れ作業ではなく、マスターテープをプレイバックするテープマシーンを筆頭に、音調整を施す各種アナログ機材、ラッカー盤に音溝を刻むカッターヘッド、そしてベースとなるカッティング・マシーンなどが徹底的に整備されていた。それらは2チャンネルのオリジナル・マスターテープに記録されている音源を、色付けすることなく、ダイレクトにラッカー盤に音溝を刻むことを目指していた。さらにレコード盤自体の素材や品質を吟味した上でプレスされたディスクは、驚くほど静寂感が高いので、小音量で聞いても音の細部が埋もれることなくすべての楽器や歌が耳へと届けられる。通常LPとはディスクの素材が異なるので、モービル・フィデリティのLPは誤解を恐れずにいえば、まるで上質なCDを聞いているような音の佇まいがある。

 その後、モービル・フィデリティはLP復刻のみならず、CD復刻の分野でも意欲的なタイトルを数多くリリースする。資本体制や主要スタッフが入れ変わった現在でも、1970年代に確立された制作工程は基本的に何も変わっていない。マスターテープから正確な音を読み取り、それを商品化するカッティング/マスタリングの工程は何度も見直されヴァージョンアップを果たしている。近年はLPやCDに加え、SACDなども精力的にリリースし、LPの仕様は33回転盤のみならず物理的に音質的に有利な45回転盤も発売されている。

 

 今回、9月27日に発売されるキャロル・キングの『つづれおり』は、2014年1月にモービル・フィデリティから発売された同タイトルと同じマスターを元に、プレス会社の名門RTI(レコード・テクノロジー・インコーポレーテッド)で製造されたディスクを輸入し、日本制作によるジャケットに納められている。レーベルと内袋は米国オリジナル盤をほぼ忠実に再現し、日本盤初回LPの帯まで付く。本盤で聞くことのできる音楽は、バッキングとキャロル・キングの歌がミックスされた本作の魅力をストレートに引き出す。オリジナル・マスターに記録された燻し銀ともいえる楽器の音色は、これまでのどんなLPや12cmディスクで聞けたそれより生々しく享受できる。朴訥としたキャロル・キングの声も滋味溢れる表情が伝わってきて、本作の魅力に改めて瞠目する。

 続いて11月にリリースされるサンタナの『ロータスの伝説』は、73年7月の大阪厚生年金会館における公演を収めたライヴ盤で、横尾忠則による22面体ジャケットの装丁が特徴となる。同作のCDやSACDは近年、ライヴを収録したミキサーの鈴木智雄が監修したディスクが繰り返し復刻されてきたが、LPは77年の発売以来、初めての復刻となる。今回のLPに採用されたマスターは国内で制作された最新のDSDマスター(2017年4月に発売された同作の完全盤と同等)をモービル・フィデリティに送付し、ラッカー盤が起こされた。先の『つづれおり』同様、RTIでプレスが施された3枚組のアナログ盤だ。最新のDSDマスターから起こされたSACD/CDのハイブリッド盤でも、本作の魅力は十分に聴取できるが、アナログ盤ならではの彫の深い音は独特の味わいを醸し出す。2017年ヴァージョンで初収録となった「セイヴァー」「コンガ・ソロ」の2曲はLP初収録となる。

 アナログ盤が見直されている昨今、本作のように日本でレコーディングされたマスターが海外に送られ(日本原盤である本作のようなタイトルのマスターが海外に送られ)、海外でカッティングされるケースは珍しくないものの、モービル・フィデリティのような徹底的に音質を極めた工房に制作を委ねることは異例といっていい。実際、ソニーミュージックの邦楽タイトルは米国のバーニー・グランドマン・スタジオでカッティングが施されたLPが次々と誕生しており、マスターテープを商品化する選択肢の一つとして日本のディレクターが海外のスタジオに目を向けることは前向きで好感を抱かせる。それは貴重な音楽資産を量産体制ではなく、特別なものとして見ている証でもある。日本主導により世界的に著名なモービル・フィデリティがアナログ盤の制作を開始したのは、近年のアナログ復権の動向の中でもとりわけ注目すべきトピックになりそうだ。

 今回復刻される2タイトルの高品位な音に接すれば、誰もがモービル・フィデリティのみならず、アナログ盤の奥深い世界に改めて興味を抱くに違いない。そのポテンシャルの高さは、モービル・フィデリティの周辺スタッフが常に目を光らせながらアナログ機材のみならず、デジタル機材の調整やメインテナンスを常に行なっている賜物といえる。

(ライター 武田昭彦)