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インタビュー(2)BOOM BOOM SATELLITESについて

掲載: 2017年03月03日 12:00

――ダンスミュージック、ロックミュージックを含めて、この20年、世界の音楽シーンはめまぐるしく変化してきましたが、トレンドとの距離の取り方についてはどう考えていたんですか?

「そのときそのときで答えを出してきたので、決まったやり方はないんです。方程式と言っても<自分の軸は動かさず、その時期のトレンドを積極的に取り入れる>もしくは<すべてのトレンドと完全に距離を取る>の2通りくらいしかなくて。その中間でやっていこうとすれば、その都度考えるしかないんです。それにトレンドと言っても、一向に好きになれないものもあれば、勝手に身体が動いてしまうものもありますから。自分の生理的なものに反してまでトレンドを取り込もうとは思わないし、ある程度は自然に任せていたと思います」

――マーケティングを考えて、意識的にトレンドに近づくこともなかった?

「うん、そんなにはなかったと思います。あるとしたらディスコ・パンク、エレクトロ・クラッシュのときくらいかな。あれは自分の生理にも合ってたんです。パンクも好きだし、ダンスミュージックも好きだから、それが流行り出したときは少し意識したんじゃないかな。ホントに少しですけど」

――‘00年代前半のムーブメントですね。

「2000年に入った頃にロンドンでツアーをやっていたんですが、ディスコ・パンク、エレクトロ・クラッシュがちょうど爆発前夜だったんです。10代の若いバンドが小さいクラブですごくカッコいい音楽をやっていて、<これは本物のトレンドだな>と感じて。でも、一瞬で終わりましたけどね。イギリスのメディアは辛辣で、古くなったムーブメントに対するディスり方もすごいし。ただ、そういうときにアーティストの本質が問われることになるんです。タフなアーティストであれば、自分が属していたジャンルが衰退したとしても、ちゃんと存在価値を見出されて生き残るので」

――BOOM BOOM SATELLITESは最初からどこのシーンにも属していない印象がありました。
初めて目にした音源もヨーロッパからの輸入盤で、そんな日本のバンドはそれまで存在しなかったので。

「それはリリースの順番の話ですけどね。最初にヨーロッパのレーベルから12インチが数枚出て、それをコンパイルした日本盤のCDが出たっていう。ただ、自分が通っていたレコードショップで僕らのヴァイナルが売られていたのは嬉しかったですよ。自分の好きなレーベル、たとえばR&Sレーベル、WARP、トランスマットなどと同じコーナーに自分達の盤が入っているわけですから。ベッドルームで作った曲がヨーロッパの小さなレーベルからリリースされて、バイヤーに買われて、東京のレコードショップに置いてある。それを目にしたときはすごく興奮したし、自分で1枚買って帰りました(笑)」

――素晴らしい(笑)。いい話ですね。

「まだ僕たちのことは誰も知らなかったんですよ。メディアに出たこともなかったし、日本からCDも出ていなかったので」

――以前「BOOM BOOM SATELLITESは僕と川島くんの想像力だけで活動してきたバンドだった」と言ってましたが、海外のレーベルでデビューすることもイメージしてたいんですか?

「どうでしょうね? 僕と川島くんは当時、そんなに具体的な話はしてなかったんですよ。たとえばデモが出来たときも<どこのレーベルに送ろうか>みたいなことも話してなくて、僕が勝手に送り先を決めてたんです。<この前の曲、あのレーベルに送くるよ><いいよ>くらいで。しっかりコミュニケーションを取って、曲のこと、作業の肯定などを真剣に話すようになったのはここ5~6年のことなんです。以前はもっと個人主義だったし、特に最初の頃は必要以上に干渉しないところもありましたからね。お互いにツッパッてたし、プライドもあったから、仲良くはなかったと思います」

――目指す音楽だけは共有していた?

「うーん、そういうところも意地のぶつかり合いみたいな感じだったと思いますけど。ちょっとしたことで解散していてもおかしくなかったんじゃないかな、その時期は。たとえば女の子を取り合いになるとか(笑)、ちょっとしたことでバラバラなる可能性もあったと思うし。でも、少しずついろんなことを乗り越えていくと、そのときの記憶だったり、大切にしたいことがたまっていくじゃないですか。そうすると、その情報量を超えるような人間関係を他に持てなくなるんですよね」

――二人で困難を乗り越えることで、関係性も深まっていったわけですね。

「そうです。<今回も乗り越えられた>という経験が重なっていくと、次に何かあったときも<また二人でがんばって乗り越えられるはずだ>と思えるようになってきて。活動が10年、15年と続くうちに、簡単には諦めないようになったんです。だから<あと10年続いていたら、どうなってたんだろうな?>ということも想像するし、そのときに<大きなものを失ったんだな>と改めて感じるんです。たとえばあと20年続いたとしたら、60代半ばになってるわけですよ。それは完全に未知の世界だし、<その年齢になってもクリエイティブな意識を持つことができるのか?>とか<まだ作ったことがない音楽を表現して、それを同世代の人間や下の世代に届ける努力をするのか?>ということも考えます。それはそれで充実した人生だったんだろうな、と」

――なるほど…。

「電気グルーヴの石野卓球さんが最近、よく僕たちの名前を出してくれているみたいなんです。同じ時期にスタートしたアーティストは大方いなくなってしまったけど、その限られたアーティストのなかにBOOM BOOM SATELLITESが入っていたと。BRAHMANのTOSHI-LOWさんもそんなことを言うんですけど、そういう話を聞くと彼らのことを羨ましく思うんです。僕らはこういう形で終わったしまったけど、もし続いていたら必ず試練が来ただろうし、そのなかで成長を繰り返すことが出来たんじゃないかと。このバンドの寿命はデビューから20年に満たなかったわけですけど、だからこそ、このベスト盤や『LAY YOUR HANDS ON ME』は、とてもとても重要な作品なんです。バンドの終わらせ方、美学などいろいろなものが詰まっているわけだから」

――『19972016』をきっかけにBOOM BOOM SATELLITESと出会う若いリスナーもいるでしょうね。

「そうですね。もっと長いターム、たとえば20年、30年経ったときに力を持っているかどうかが大事だと思うんです。そのときに手に取ってくれた人が<この音楽は何だろう?>と掘り下げていきたくなるような1枚を残しておきたかったので。年齢、性別、人種に関係なく、何かを感じてもらえる作品になったと思います」

――このベストアルバムを作り上げたことで、中野さんの音楽家としてのビジョンはさらに開けてきたんじゃないですか?

「うん、多少。ここで明言できることはないですけど、ずっと一生懸命にやってきて、ある意味、ここで僕はバンドから解放されるので。自由だなって思います」

――ねごと、MAN WITH A MISSIONの楽曲をプロデュースするなど、既に新しい活動も始まっていて。

「そうですね。いままでは他のバンドのプロデュースも一切やってなかったから……川島くんをプロデュースしただけですね、20年かけて。それをしっかりやり切ったことで、見えてきたこともあると思うんです。自分のバンド以外のアーティストに関わって楽曲を仕上げることにも新鮮な気持ちで向き合えたし、これまでに培ってきたことを活かせたという手応えもあって、収穫は大きかったです。一緒にやったアーティストにも喜んでもらえたので、この先、もっといろいろ出来るかもしれないなと思っています」

――最後に『19972016』の初回盤に付いている「BOOM BOOM SATELLITES 19972016 LIVE AND DOCUMENTALY」(DISC5【Blu-ray】)について聞かせてください。フジロック、サマーソニックなどの大型フェス、単独ライブを含めて、BOOM BOOM SATELLITESのライブにおける進化が追体験できる映像作品ですが、ライブに対する意識も時期によって変化しているんでしょうか?

「うん、もちろん。音楽性の変化、時代の変化も関係してますが、自分たちの意識の変化も大きいんですよ。僕らはもともとクラブシーンから出て来たバンドなんです。最初の頃はオールナイトイベントが中心で、DJに挟まれながら夜中の1時、2時にやってましたから。それがいちばんエッジーだと思っていたんですが、そのうちに窮屈さを感じ始めて。“このままだとシーンに押しつぶされてしまう”と思って飛び出したきから、曲の作り方、ライブのスタイルもどんどん変わっていったんです。フジロックで言えば深夜のレッドマーキーから始まり、ホワイトステージに出られるバンドになるためにパフォーマンを強化して。いちばん大きいグリーンステージに立つためには、さらに大きい何かを持っていないと成立しないですからね。その変化はすごく大きかったと思います」

TEXT:森 朋之

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