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指揮者ヘルマン・シェルヘン(1891~1966)生誕125年没後50年記念特集

カテゴリ : Classical  キャンペーン 

掲載: 2016年06月21日 00:00

シェルヘンの芸術

シェルヘン・アニヴァーサリーイヤーの記念新譜
※それぞれのCDの内容は、ページ最下段の「関連記事」をご覧いただければ幸いです。

 

ドイツの名指揮者、作曲家、教育者のヘルマン・シェルヘンは、生涯を通じて演奏、文筆両面からの新しい音楽の普及、後進の指揮者の指導に力を注ぎました。ヴィオラ奏者として音楽活動をスタートした彼は1912年、シェーンベルクと出会い、《月に憑かれたピエロ》の上演で指揮者デビューを果たします。

1919年には自ら現代音楽雑誌「メロス」を創刊、1929年には「Lehrbuch des Dirigierens」(指揮教本)を著し、文筆面でも自らの理想の実現のために奔走します。ドイツでナチスが台頭すると活動の拠点をスイスに移し、放送オーケストラの指揮によりクラシック音楽の啓蒙活動にも力を注ぎました。

スイスでは指揮の講習会も開催し、その門下からはカレル・アンチェル、イーゴリ・マルケヴィッチ、ブルーノ・マデルナ、エルネスト・ブール、エレラ・デ・ラ・フエンテ、ピエール・コロンボ、フランシス・トラヴィス、ハンス・フォンクら名指揮者たちを輩出しています。

戦後は新興レコード会社の米ウエストミンスターと契約し、新しいメディア、LPレコードにバロックから20世紀音楽に至る幅広いレパートリーを録音。一躍彼の名は世界に轟くこととなります。晩年の1964年にフィラデルフィア管弦楽団の指揮で初めてアメリカへ訪れた際は、彼の名がLPレコードですっかり有名だったこともあり、多くの聴衆が詰めかけ大成功となりました。

1966年、フィレンツェでの公演中に倒れ急逝。2016年は生誕125年、没後50年という記念年にあたり、各社から彼のCDが再リリースされています。

ヘルマン・シェルヘン年譜

1891年(0歳)
6月21日、ベルリンで生まれる。

1907年(16歳)
ブリュトナー管弦楽団、ベルリン・フィル、クロール・オペラのヴィオラ奏者として音楽活動を開始。

1912年(21歳)
シェーンベルクとそのグループに出会い、11月5日、ミュンヘンでシェーンベルクの《月に憑かれたピエロ》を演奏し、指揮者としてデビュー。

1914年(23歳)
リガ交響楽団の指揮者としてロシア領のラトヴィアに滞在中、第一次世界大戦が勃発し、捕虜として抑留される。

1918年(27歳)
ベルリンに戻り、新音楽協会と、シェルヘン弦楽四重奏団を組織。

1919年(28歳)
現代音楽雑誌「メロス」を創刊。

1922年(31歳)
スイス、ヴィンタートゥール管弦楽団の音楽監督となる(1950年まで)。

1929年(38歳)
著書「Lehrbuch des Dirigierens」(邦訳「指揮者の奥義」春秋社刊)を出版。

1933年(42歳)
ナチスが台頭したドイツを去り、スイスに移住。バーゼル放送管、スイス・イタリア語放送管、ベロミュンスター放送管の指揮者を歴任する。

1936年(45歳)
バルセロナでベルクのヴァイオリン協奏曲を初演(ヴァイオリンはルイス・クラスナー)。

1939年(48歳)
スイスで夏期学校を開設する。

1950年(59歳)
新興レコード会社、米ウエストミンスターの企画顧問となり、自ら指揮者としてバロックから20世紀音楽に至る幅広いレパートリーの録音を開始する。

1954年(63歳)
スイス、グラヴェザーノに電子音楽スタジオを開設。

1959年(68歳)
10月4日、ベルリン芸術週間でシェーンベルクの《モーゼとアロン》のベルリン初演を指揮。
※第2幕冒頭での反対派の妨害に対し、シェルヘンは名演説で聴衆を鎮め、演奏を完遂。
「シェーンベルクは死んでしまった。彼のこのオペラをやるのはわれわれの仕事である。だからその仕事をやらしてほしい。文句があれば、全部演奏し終わってから反対者は反対してくれ。ともかく、まずきいてほしい」
演奏後の賛成派と反対派の暴動に、演奏にブラヴォーをした若き日の小澤征爾が巻き込まれ、シェルヘンとシェーンベルク未亡人に救い出されたという逸話があります。
(LP手帳1978年8月号 「ヘルマン・シェルヘン」 高橋昭氏と秋山邦晴氏の対談記事より)

1963年(72歳)
バッハの《フーガの技法》のオーケストラ編曲版をドイツのショット社から出版。

1964年(73歳)
初めてアメリカを訪れ、フィラデルフィア管弦楽団を指揮して大成功を収める。

1966年(74歳)
6月7日、フィレンツェの歌劇場でマリピエロの《オルフェオ》を上演中に倒れ、5日後に市内のホテルで死去。

(タワーレコード商品本部 板倉重雄)

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